そうだ、大草原に行こう!〜電波も浄水もない、言葉も通じない場所へ〜
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「必ずミネラルウォーターを飲んでください」
2023年8月1日早朝。
“Oh, shit... I’m feeling nature on the green ground.”
インターネットも都市の明かりも届かない、ユーラシア大陸の大草原のど真ん中。
まだ日の出ていない暗闇の中、私は土砂降りの中で雨に濡れ、凍えながら腹を下し、雨雲が立ち込める空を静かに罵っていました。
ああ〜。草原行きてえ~
もともと都会が苦手だった私は、あえて大学も郊外にある場所を選び、人混みや人間関係の喧騒を避け続けてきました。
しかし社会に出た今、それを突き通し続けることはなかなか難しい。
とても理念に共感できる会社に勤めることができたものの、オフィスはどうしたって、どうしたって東京でした。そう、東京だったのです(大事なことなので2回言いました)。
苦痛の電車通勤を乗り越え、やっと最寄り駅にたどり着いても、人、人、人。
視界全てが人工物にまみれた世界で、際限なく往来する車、鈍くけだるげに響くクラクション、高架下で陰る世界、喧噪。
昨夜降った雨が、強烈な照り返しと共にアスファルトむき出しのにおいを伴って嗅覚を犯してくるような日々。
「ああ〜。草原行きてえ~」
私は、つくづくそう思ったのでした。
なんと運が良いことか、UPDATERにはモンゴル人留学生がインターンとして在籍していました。そこで私はふらっと彼女に「草原に行けないものだろうか」と相談をしてみたところ、衝撃の返答が返ってきました。
「おお~いいですね。私の親戚、遊牧民ですよ。遊びにきますか?ホームステイとかどうです?」
まさかまさかの展開です。以前から、自然・文化的要素の2つから強い関心を持っていた遊牧民生活。これが実現すれば草原にも行けるし、遊牧社会で過ごす体験までセットで付いてきます。さらに話を聞いていくと、どうやら遊牧民人口はどんどん減ってきてしまっているとか。
「これは…是が非とも今のうちに行かなければ」
気候変動、大規模な都市化、資本主義の拡大。社会の変容に伴い、人々の生活も否応なしに変化を求められてきてしまう現代。草原生活への熱い熱いベリーホットな憧憬の情とともに、私の中には静かな焦りも生まれ始めました。
計画を温めること、一年半。2023年春、彼女が帰省するタイミングに合わせたモンゴル行きがついに現実味を帯びはじめ、そこからは一気に状況が進みました。会社を休める期間と、滞在の受け入れ先となってくれる遊牧民一家の負担にならない期間を相談し、8月に有給と夏休みを総動員して約1ヶ月の休みを取得することに。
「…1ヶ月(笑)」
なかば呆れるように、なかば羨ましそうに、笑って許可してくれた上司と同僚、会社のみんなには感謝しかありません。
こうして、私の人生に大きな彩を与えてくれた素晴らしい1ヶ月が始まったのでした。
破壊と再生を繰り返す胃腸
滞在をしたのはザブハン県というエリア。首都のウランバートルからバスで17時間揺られ、そこからさらに車で3時間ほど、でこぼこの道を走った先にある草原です。
どうせ行くなら長期で、よりローカルな場所へ。それは私なりの旅の流儀です。ただの観光で終わってしまうのは、あまりにもったいなすぎる。
インターネットが使えず英語も通じないので、コミュニケーションは必然的にジェスチャーや表情で行うことになります。ここで分かったことは、笑顔は万国共通の親しみの表現であり、最強のコミュニケーションツールだということです。
ゲルで寝泊まりをし、家畜の世話をし、草原を走り回る。彼らの日常生活を共に体験する日々。
楽しいこともたくさんあれば、大変なことも多々ありました。例えば私にとってそれは「水問題」でした。
「必ずミネラルウォーターを飲んでください」
これはほとんどのモンゴルのガイドブックに書かれていることです。
ガイドブックに書いてある注意事項は、その国や地域を旅行するうえで知っておく必要性の高い情報であることが多い。
しかし、大変残念ながら、それは書いてあることを実践できる環境にいるかどうかに大きく左右されます。
水道のない草原で、滞在3日目からミネラルウォーターと別れを告げた私の胃腸は、破壊と再生を繰り返しながら川の水と上手に付き合っていく術を学んでいったのでした。
大草原が、第二の故郷になりました
やはり旅というものは、観光の域をはみ出し始めると、また違った面白さを帯びてくるものです。いわゆる観光も勿論魅力的ですが、できるだけ現地の中に溶け込み、そこに生きる人々と同じ目線で生活する体験というものは、より深みのある異文化体験を私たちにもたらしてくれます。
私が敬愛している写真家、星野道夫さんがとても素敵な表現にまとめてくれているので、最後にその言葉を。
“人が旅をして、新しい土地の風景を自分のものにするためには、
誰かを介在する必要があるのではないだろうか。
どれだけ多くの国に出かけても、地球を何周しようと、
私たちは世界の広さをそれだけでは感じ得ない。
が、誰かと出会い、その人間を好きになった時、
風景は、はじめて広がりと深さをもってくる。”
(星野道夫『長い旅の途上』)
発展と都市化に伴い、生きることと仕事をすることが分けて考えられるようになってきた現代社会。現代人は、便利さと引き換えに顔の見えない生産と消費に組み込まれ、緑の少ない、澱んだ空の下で、人口密度が高すぎる土地に生きなければならず、近隣の人とすら挨拶をしにくい生きづらさを感じています。
私は彼の地で、新しい家族と、第二の故郷を得て戻って参りました。
みなさん、疲れてしまったときは、草原に行ってみてください。
きっとそこには、あなたに必要なものが待ってくれているはずですから。
1997年埼玉県生まれ。高校時から動物福祉と環境問題に関心を持つ。2021年4月みんな電力株式会社(現:株式会社UPDATER)に入社。イベント企画や発信活動の経験を活かし、見える化した電気の生産者と消費者のマッチングを促すコンテンツ作りに励む。
休日は山好きの上司と山歩きに出かけたり、瀬戸内海の猫島や今回のモンゴルなどをフィールドに「立ち会い、記録する価値のある"人と動物の営み"」をテーマに映像制作活動を行っている。